まだ夜が明けたばかりの頃、リナリーは教団地下にある下水道を目指して走っていた。時間は午前5時。いつも五月蝿い談話室も、ジェリーがいる食堂も静まり返っていた。
そんな談話室や食堂を目もくれずに通り抜け、リナリーはひたすら下水道に向かって走っていた。
目的はただ一つ。今日の明け方に帰ってくると言われていた、アレンに挨拶を言うため。

「早く、早く行かないと。アレンくんに会えなくなっちゃう…。」

そう呟いて、リナリーは走る速度を速めた。




+++



薄暗い下水道の小さな舟、ともいえないボートが、探索部隊がオールを持ってゆっくりと進んでいく。
そんな光景を眺めながらアレンは毛伸びをしながら眠そうに大きな欠伸をした。仕方のないことだろう、アクマとの戦闘が予想以上に長引いてしまって、もともと帰るはずだった夕焼けの見える時間帯から、朝焼けの時間帯に帰ってきているんだから。今のアレンの思いはただ一つ、「早く眠りたい」ということだけだった。
探索部隊も眠そうにオールを漕いでいる。恐らく、彼もアレンと同じ思いなのだろう。

「…眠いですね。」

そう問いかけると、探索部隊は眠そうに「そうですね。」と一言返して、さっきよりも少し速い速度でオールを漕ぎ始めた。エクソシストであるアレンにあまり負担はかけさせたくないのだろう。そんな心遣いが嬉しくて、アレンは思わず微笑んだ。




+++



上へと続く階段まで来ると、探索部隊はボートを止めた。それからアレンに先に行くように言った。どうやら、探索部隊はこれからボートの後片付けなどをするらしい。
申し訳ない、とアレンは思いながらも、自分に襲い掛かってくる睡魔に耐えられず、一言お礼を言って早々に階段を昇っていった。


眠い、眠い、眠い。
そんな思いがアレンの中に渦巻く。いますぐ部屋に帰って寝たい。アレンの頭にはそれしかなかった。

――あぁ、リナリーにもしばらく会ってないな。…会いたい、な。

そんな思いを胸に募らせ、ひたすら階段を昇っていく。

会いたい、彼女に。彼女の笑顔が見たい。彼女の声が聴きたい。彼女の妖艶に光る髪をそっと撫で下ろしたい。

いつしかアレンの胸にはリナリーのことしかなくて、あの自分の中をずっと渦巻いていた眠気さえもどこかへ飛んでいってしまったようだった。
こう思ってもこんな時間帯。いくら早起きの彼女でも、さすがに寝ているだろう。馬鹿だな、僕は。そんなことを思ってアレンは、はは、と小さく笑った、そのときだった。

「お帰りなさい、アレンくんっっ!!」

凛となる鈴のような綺麗な声が階段の上から聞こえた。アレンがゆっくりと見上げると、そこには会いたい、そう思っていた彼女、リナリー。
アレンは目の前の真実が信じられなくて、思わず目を大きく見開いた。確かに、そこにいるのは一番会いたいと願っていたリナリーがいる。丁寧に梳かされている漆黒の髪を揺らしながら、彼女は首を小さく傾けた。

「ごめんね、こんな早い時間に来ちゃって。…迷惑だった?」
「そんなことありませんよ。それよりリナリー、なんでこんな時間にこんな所に?」

するとリナリーは少し俯いて、しばらくして頬を染めながら言った。

「…アレンくんに、『お帰りなさい』を言いたくて。それと…
   アレンくんに、すごく、会いたかったから。」

それを聞いたアレンはリナリーよりもさらに頬を染めて、俯いて黙ってしまった。そんな様子のアレンを見て、リナリーも顔を耳まで真っ赤にしてしまった。

「ご、ごめんね!変なこと言っちゃって…。」

リナリーがそう言うと、アレンは慌てながら言った。

「い、いえ!変なことなんかじゃありませんよ。それに、僕もリナリーと同じ気持ちだったから…。」
「…え?」

その言葉を聞いて、リナリーはきょとん、と目を丸くした。聞き取れなかったのか、それとも意味が分かっていないのか、どちらとも言えないが、しばらくして彼女が言葉を認識すると、さっきよりも驚いた顔になった。

「…リナリーは、なんで僕に会いたかったんですか?
「しばらくアレンくんに会ってなかったから。それに…あと数時間したら任務に行かなきゃならなくて…。アレンくんにまた会えなくなっちゃうから、すれ違うのが嫌だったの。」

「!リナリー、これから任務なんですか!?」

しばらく任務に行っていたアレンには教団の状況など分からない。もちろん、リナリーの任務のことも知らないので、驚くのも当たり前だろう。

「すぐ任務なんて、じゃあ睡眠取らないと駄目じゃないですか!」
「ん…そうだね、アレンくんにも会えたし。一回寝てこようかな。」

そう言って、リナリーは階段を昇って自室に戻ろうとした―のだが、急に彼女は振り返った。

「ね、なんかアレンくん、とっても嬉しそうな顔してない?」
「え?そ、そうですか?」
「うん。任務中に何か嬉しいことでもあったの?」

その言葉を聞いたアレンに、やっと治まってきた顔の赤さが再び戻ってきた。しばらくして、アレンはしどろもどろに言った。

「リ、リナリーに、会えた、から。」

消えそうな声で言った言葉はとても優しくて、リナリーはふふっと笑った。

「私もっ…アレンくんに会えて、今すっごく嬉しい!」

そう言うと同時に、リナリーは一気に階段を駆け上っていった。そんなリナリーを見て、アレンも嬉しそうに笑った。















彼女に会えたことがすごく嬉しかった

                             





彼に会えたことがすごく嬉しかった

 









思いが通じたとき
(貴方に会えたから、今日も頑張れるんだ)













07,12,16