「マスター、リン、福袋買いたい!」

A Happy New Year!そう、テレビでやけにテンションが高いレポーターの声とわっと起きた歓声が流れて10分後くらいか。 新年ってなんでか夜更かしししたくなるんだよねーなどと話していた満唄の耳に飛び込んできたのはそんな言葉。
新年早々何を言い出すのかと思えばなんと買い物の話。まさかリンからそんな言葉が出るとは思わなかった。 多少驚きつつ、満唄はリンをじっと見る。リンは期待を帯びた眼差しで満唄を見ている。その目は満唄が了承するのを今か今かと待っている目。 あまりにもわくわくした目で見てくるので、今すぐにでも買ってあげたいと思いながらも(これが親バカというものなのか)満唄は学生。 少ないバイト代えで自分以外の家族五人を養っているのに福袋なんて買うお金があるはずがない。
一度、誰にも聞こえないようにふう、と溜め息をつくと満唄はゆっくりと口を開いた。

「リン?なんで急に福袋なの?」

私の疑問の声を聞きつけて、他のみんなも集まってくる。ちょっと待てカイト、お前そのアイス溶けそうだからそれ食ってから来い。 カーペットに落ちたらどうするんだ。
リンは恥ずかしそうにもじもじと、少しどもりながら口を開く。

「あのね、テレビで見たの。福袋って何が入ってるかわかんないんだけど、普通の値段以上にいっぱい物が入ってるんでしょ? お金のないマスターにはぴったりだなと思って!」

にか、と嬉しそうにリンが笑う。いつもだったら可愛くてよしよしと撫でてやるところなのだが、今回はぴし、と頭の中で音がする。 待て待て、悪気はない、はず。そう自分を無理やりと落ち着かせる。後ろでみんなが慌てたような目でリンを見る。レンなんか舌打ちしてるよ。おーい、聞こえてるよー?
しかし、リンは何事もないように相変わらずにこにこと笑っている。なるべく怒らないような口調で満唄は問いかけ…ようとしたが、そこでふと気がついた。
「マスターにはぴったり」?……。それってリンが欲しいんじゃなくて、私自身に自分の福袋を買って欲しいってこと?あれ、じゃあ、リン、私のこと思って言ってる…? …どっちでもいいけど、最近この子たちに服を買ってあげてないし、お出かけもしていない。折角の年始だ。たまにはいいだろう。

「…いいよ、リン。今日、朝早く起きて走りにいこっか」

そう言うと、リンは嬉しそうにぱあ、と顔を輝かせる。そして満面の笑みでうん!と返事をすると、ぎゅ、といつものように満唄に抱きついてきた。 満唄はそんなリンの頭を撫でながら後ろで、なんでマスターは怒ってないんだろう。それどころかなんでOKしたんだろう、とでも言わんばかりの他の兄弟たちを見る。 そして、にこり、と笑いかける。

「じゃあみんなも早起きね。洋服買ってあげるから。あ、カイトは荷物もち含みで」

その途端、わあ!と歓声が上がる。そして「じゃあ早く寝なきゃ!」と言いながら満唄に挨拶を言い、嬉しそうにパソコンの中に入っていく。 リンもおやすみなさい!と一言言うと慌しくパソコンの中に入っていった。これでみんな入った。 …いや、たった一人を除いては。その一人、カイトは半分怒ったような声でおやすみなさい、と一言告げると静かにパソコンの中に入っていった。 大丈夫だよ、洋服はちゃんと買ってあげるから。安いのだけど。そう思いながら、満唄は新年で盛り上がっているバラエティ番組が映っているテレビを消すと、 スリッパを履き、ぺたぺたと音を立てながら自室へ向かっていった。


+++


「…やっぱ来るんじゃなかった」

はあ、と満唄は小さく溜め息をつく。来てしまった。戦場に。 一方でリンとミクを見ると楽しそうに笑っていて、気楽でいいなあ、なんて考えた。 現在、六人で近所のデパートの中に入っている、安くて可愛い店のの長い長い長蛇の列に並んでいる。開店まであと15分といったところだろう。 これからの福袋争奪戦の中に入ると思うと気が重くなる。
じりじりと開店の時間が迫ってくる。ふと横の店を見ると、この店や他の店よりさほど並んでいない店を見つける。 ショーウィンドゥに飾られている服はなかなか可愛らしいもので。どうせならあっちの方が良いと思ったが、リンたちは既に待機中。 さて、どうしようか。周りの客がざわざわとうるさくなっていく。その途端、満唄は大声を張り上げてメイコに向かって叫んだ。

「―っメイコ!隣の店にレン連れて走ってって!」

途端に辺りに鳴り響くメガホンを通した男性の声。後ろから、前から、だああと押されてゆく。ぎゅうぎゅう詰めになりながら、満唄は必死で叫ぶ。

「ここで絶対一個買うから!隣の店で福袋一個買ってきて!」

もしものときのためにお金は渡してある。メイコはわかった、と叫んで客に流されそうになっていたレンの手を掴んで波を押し切り、隣の店へと駆けていった。 さすがメイコだ。機転が利く。もしも頼んだのがカイトだったら動揺して動けていなかっただろう。…もう既になんかあっちで波に飲まれてるし。 そんなことより、と満唄は前を向き直る。絶対買うと言ったのだ。ここまで来て、手ぶらでは帰れない。 人で全く見えない前後に満唄は必死で呼びかける。

「カイト!ミク!リン!なるべく前に進んで、波に飲まれないようにして!私は先に行ってるから!」

そんな声も、人のざわめきで聞こえたかどうか。でも今はそれどころではない。満唄の頭の中にメラッと何かが燃え上がる。 その瞬間、まるで猛獣のような勢いで満唄は前へと進んでいった。自分より何センチも高いお兄さんお姉さんを掻き分け、前へ前へと進んでゆく。

「何これ…いくら前に進んでも人しか見えないじゃない」

舌打ち交じりにそう呟いた言葉は人の波に飲まれて消えた。 そういえば、三人は大丈夫だろうか。ミクとリンは転んだりしていないだろうか。メイコとレンは福袋を買えたのだろうか。 いろんな不安がよぎる。ああでもリンが、あんなに楽しみにしていた福袋なんだ。頑張って買わなくちゃ!
その瞬間に掻き分けていた手に冷たい感触が残る。人でよく見えないが、これは恐らく福袋の乗ってるワゴン。 もうすぐだ!そう思いながらまた人を掻き分ける。さすがに最先端はガードが固い。大人がもみくちゃになって手をのばしている。 なんとか先までたどり着くと、残りは既に三つ。一番近くなのを取ろうとしたが、それはあっけなく隣の人に取られる。 次に向かい側のものをとろうと、手を伸ばす。袋の持ち手に手が触れて、取った、と安堵したのもつかの間。その袋はとても強い力で奪い取られてしまった。 …残りはあと一つ。しかし、最後のひとつはとても遠いところにあって、届く距離ではない。袋の前には必死で取ろうとしている人、それを阻止する人がもみくちゃになっている。 今のうちに…そう手を伸ばすが、やはりここからだと届く距離ではない。ギリギリ袋に手が触れた―そのとき、伸ばされてゆく腕。袋がばっと宙に浮かんだ。

「以上で福袋の販売は終了となりまーす!」

大きなメガホン越しで聞き取る声はやけに耳に残った。落胆する声と共に、たくさんの周りにいた人が出口へと向かってゆく。
…取れなかった。はあ、と大きな溜め息をついた。そのとき。

「「みゅーちゃん!」」

聞きなれた二人の声。ふと顔を上げると、あの最後の福袋を抱え、満足そうな顔で笑っているミクとリンがいた。


+++


「ミク、リン、本当にありがとう」

帰り道。夕日に照らされてまっすぐ伸びる六つの影。メイコとレンも無事隣の店のを買えたようなので、満唄は嬉しそうににこにこと笑う。ミクとリンも嬉しそうにうん!と頷く。 メイコとレンもありがとね、と言うと、二人も嬉しそうに微笑んだ。

「…ところで。今回の件で何もやってない奴がいます。さて誰でしょう」

冷たい声で言うと、五人の視線が一斉に青に移る。びくっと跳ねたその肩は、信じられないくらい縮こまっていた。 カイトはえへ、と笑うと視線を地面に逸らす。

「…そりゃ俺は何もできなかったですよ。でも、でも!酷いじゃないですか!ミクとリンとめーちゃんには福袋の洋服があるでしょ。レンだってさっき靴買ってもらってたし…。 俺だけ何も買ってもらってないんですよ!あんまりじゃないです…か…」

言い終わる前に、満唄はカイトの前に何か袋を差し出す。カイトだけではなく、他の兄弟たちも疑問符を浮かべる中、満唄は開けてみな、とそっけなく言う。 逆らうこともなくカイトはがさごそ、と中を探る。除いた瞬間、冷たい冷気に襲われた。ちらちらと見えるドライアイス。それに囲まれた、たくさんの、アイス。

「さっき買ってきたの。アイスの福袋だって。面白いよねーこんなものまで売ってるんだもん」
「マスター…」
「外ではマスターって言うなって言ってるでしょうが。…まあ、年始だし。カイトも昨日荷物持ちって言ったのにちゃんと付いてきてくれたからね。ありがと」

そっけなくそう言うと、カイトは笑ってはい!と返事をした。

「あーずるいお兄ちゃん!私も食べるー!」
「リンもリンもー!」

ブーイングしながらミクとリンはカイトの背中に飛びつく。うわっというカイトの悲鳴に、満唄とレンは思わず苦笑いをこぼす。 その隣でメイコも一緒に笑った。三人でくすくす笑いながら満唄は隣にいる赤と黄と、少し先を歩いている青と緑ともう一人の黄に声をかける。

「ねえ、またみんなでお出かけしようね!」





絶対いくよ!








もう人込みは勘弁だけどね 









いざ、戦場へ!
(うん、たまにはこういうのも悪くない)









09,01,08