『アレンくん、神田、ラビへ
もし時間が空いてたら、午後の三時に森の切り株の前まで来てくれる?
忙しかったらまた今度でいいから。急にごめんね。
                               リナリー』





「…だそうですよ。」

現在午後二時五十分。アレンは手紙を読み終わると、机の上に置いた。置かれた手紙を、神田とラビはまじまじと見つめる。
女の子らしい可愛らしい文字にも関わらず、とても丁寧に書かれたその文字を見つめながら、神田はアレンに向かって言った。

「…で?なんでテメェがこれを持ってるんだよ。」
「リーバー班長が僕に渡してくれたんですよ。なんかリナリーがこの手紙を僕達に渡してくれって頼んだらしいです。」

「それで近くを通った僕に渡してくれたんだそうです。」アレンがそう付け加えると、ラビはふう、と小さく息を吐いた。アレンも浮かせていた背中を椅子の背もたれに寄りかからせると、神田は二人に問い掛けた。

「…で?テメェらは結局行くのかよ?」

そう言うと、二人は急に立ち上がり、お互いに顔を合わせると一斉に森に向かって駆け出した。…もちろん、神田を置いて。

「なっ…テメェら!」

神田も立ち上がって叫ぶと、アレンとラビは当たり前のように走りながら振り返り、風にさえぎられないように大きな声で馬鹿にしたように叫んだ。

「神田も馬鹿ですねぇ、僕らにわざわざそんな当たり前のことを聞くなんて!」
「んなもん行くに決まってるさー!そういうユウはどうなんさー!」

そう言いながら神田を置いてどんどん走っていく二人を見て、神田もイラついたような声で叫んだ。

「…行くに決まってんだろ!」

その言葉と同時に、神田も二人の後を追うように全速力で森へ駆けていった。




+++




「来る…かな。」

切り株の前でリナリーはぽつりと呟いた。現在午後二時五十九分。まあなってから数秒は経っているのであと約一分で三時となる。リナリーはゆっくりと切り株に腰掛けると、ふいに空を見上げた。空は雲一つない冬にも関わらず真っ青な空で、いつもより少し温かく、太陽の日がさんさんと降り注いでいる。そんな日光を植物たちは嬉しそうに浴びている。
そんな日光が少し眩しくて、顔を手で被うと視界が急に暗くなった。と、その時。

「神田来ないでくださいよーどうせ鍛錬の予定でも入れてるんでしょーこの鍛錬馬鹿。」
「誰が馬鹿だとっ!?」

後ろからそんな叫び声が聞こえて、リナリーは視線を下に落とし、後ろを振り向いた。そこには、待ち望んでいた三人の姿があった。

「アレンくん!神田!ラビ!」

声を張り上げて叫ぶと、三人は一斉にリナリーに顔を向けた。すると、全速力で駆けてきて、リナリーの前に来ると急停止をした。それを見ると、リナリーはくすくすと笑い出した。

「来てくれてありがとう。でもそんなに急がなくたって良かったのに。三時、ピッタリだよ。」

そう言いながらリナリーはポケットに入っていた懐中時計を取り出した。その短い針はVを、長い針はぴったりXIIを指している。それを三人に見せ、またポケットにしまうとリナリーはさっそく本題を切り出した。

「それじゃあ、さっそく本題に入るね。今日、集まってほしかったのは、…歌を、聴いてほしかったの。」
「歌?」

三人が揃って首を傾げると、リナリーは小さく頷いて再び話し始めた。

「今日久々に四人揃ったでしょ?三人に聴いてほしかったの。この歌。」

そう言うと、三人は少し驚いたような顔になった。そんな三人を見て迷惑をかけたのかと思い、リナリーは不安そうな顔をしたが、それを早くに読み取ったアレンが急いで言った。

「え、あ、リナリー、迷惑なわけありませんよ!むしろ、聴きたいです、リナリーの歌。…けど、なんで僕達にって思って。」
「そうそう。俺らはもちろん大歓迎だけど、聴かせるならコムイとかかなーって思ってたから。」
「そうなんだ、良かった…。あのね、兄さんにも聴かせたいんだけど、まずはアレンくん達に聴いてほしいの。」

なんで、そう理由を聞こうとしたが、リナリーはふふっと笑って唇に人差し指を静かに当てた。「ないしょ」の合図。三人はそれを同意すると、リナリーは決心したように言った。

「じゃあ、…唄うね。」

リナリーは小さく息を吸うと、ゆっくりと歌いはじめた。
流石はリナリー、というところだろうか。とても美しい音色、響きで、アレンたちを一瞬にしてその歌声の虜にしてしまった。心地よい響き。恐らく、聖歌か何かだろう。切なさに、だけど少し希望があるような曲。三人とも聞いたことのない曲だったが、綺麗なことにはもちろん変わりはなく、一音も漏らさずに聴いていた。
短い唄だったのか、その唄は一分ほどで終わってしまった。だけど、その時間がアレン達にはとても長く感じられて唄が終わった後もしばらく言葉を発せなかった。

「どうだった?」
「もう、凄いですリナリー!凄く感動しました!」
「俺もさー!めちゃめちゃすげェ!な、ユウもだろ?」」
「…まぁ、上手かった。」

三人がそれぞれ感想を述べると、リナリーは嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう!時間とらせちゃってごめんね、もういいか「ちょっと待ってくださいリナリー。」

急にアレンがリナリーの言葉を遮った。どうしたんだろうとリナリーがアレンの顔を見ると、アレンもにこっとし、静かに両掌を合わせた。

「もう一度、唄ってくれませんか?」

その言葉を聞くと、ラビも無理やり神田の手を挙げた。

「はいはーい!俺もユウも大賛成!な、いいだろ?リナリー。」「なっ…!」

勝手に決められたことに神田は無理に手を解こうとしたが、アンコールしてほしい気持ちは同じなのでラビにされるがままの状態でいた。
一方、突如にアンコールをされたリナリーは驚いた顔をし、それから恥ずかしそうに「時間あるの?」と聞くと、三人は一斉に頷いた。それを確認したリナリーはまた、ゆっくりと柔らかな響きの聖歌を紡ぎ始めた。
再び森に木霊するリナリーの歌声。美しく、儚い歌声。それをじっくり聞いていくと、ふとアレンが気がついた。先ほどは歌声に魅了されて歌詞はあまり聞いていなかったのだが、今回歌詞を音と共に聞いてみるとアレンは目を見開いた。神田もラビもそのことに気がついたらしく、三人で顔を見合わせた。
三人に聴かせたかった理由。歌詞を聴いてやっと分かった。







『Because I catch you who returned from war kindly』 
(戦争から帰って来た貴方達を優しく受け止めるから)













聖歌の灯火
(ありがとう。それしか言いようがないんだ)






08,02,05