「アレンくんアレンくん」 「リナリー」 廊下の向こうの方から、リナリーが楽しそうにぱたぱたと走ってきた。その手は後ろに隠していて、何かを持っているようにも見える。 アレンも興味深そうにリナリーに近寄ると、それ、何ですか?と彼女に問いかけた。 「これはね…じゃん!」 そう言って嬉しそうにリナリーが差し出したものは、アレンにとって見慣れたカード。 「…トランプ?」 「うん!」 アレンはリナリーからトランプを受け取ると、まじまじと眺めた。 束は赤茶色の小さな輪ゴムで止められていて、模様は裏は白と黒のチェッカー、表はスペード、ダイヤ、クローバー、ハートに加えてジャック、クイーン、キング、それにジョーカーがあるごくごく普通のありきたりなトランプ。 アレンはもう一度リナリーを見ると、彼女はふふ、と笑って楽しそうに言った。 「ね、ババ抜きしよう?」 +++ ぱらり、ぱらり、とカードの落ちる音がする。 リナリーの突然の提案でババ抜きをすることになった二人は談話室に向かい、向かい合わせのソファーに座りながら配られた最初のカードの同じ数字を探している。上手く混ざってたのか、カードを探し終えた後の二人の手札は同じくらいの枚数だった。 ジャンケンで先行後攻を決めて、二人は早速ゲームを開始した。 数分後、二人だけのババ抜きということもあるからか、最後のカードがテーブルに落ちる音と共にゲームは早くも終了した。 勝敗の結果は本人たちもだいたいは予想していたが、やはり経験の差、というものか。アレンの圧勝だった。 「あーやっぱり負けちゃったか」 「はは、もう一回やりますか?」 「うん!」 リナリーはバラバラになったカードを手元に集めると、そのカードの束をアレンに手渡した。 その行動にアレンは疑問符を浮かべる。 「え、僕が切るんですか?」 「うん。駄目、かな」 「いや、別に良いんですけど…」 「だってさっきアレンくんがカードを切ったとき、すごくカッコ良かったんだもん。ね、あの早いやつ、もう一回見せてくれる?」 「は、はい」 そう言うとアレンはカードをテーブルで叩き、端を揃えると目にも止まらぬ速さでカードを切り始めた。 すると、リナリーはまるで小さな子供のようにぱちぱちと手を合わせながら歓声を上げた。先程切ったときには何も言わなかったのだから、その技が凄すぎて呆気に取られていたんだろう。 それを切り終えると、アレンは再びカードを配り始めた。配られたと同時に彼女は自分の手札を眺める。 アレンも手元に配られた手札を見ると、スペードとハートの山。同じ数。 勝てる、予感。 +++ 「僕の勝ち、ですね」 最後の二枚のカードをテーブルに置き終えると、アレンは二回連続続けての勝利を申し訳なく思ったのか、少し不安そうに笑った。 リナリーは一瞬驚いた顔をしたが、またすぐに笑顔に戻る。 「また負けちゃった。やっぱり、アレンくんは強いなあ。それに、カード切るのも上手いし。私も強くなりたいなあ」 余った手札のカードをテーブルにバラまくと、リナリーはぽふん、とソファーの背もたれにもたれ掛かった。 「任務がないときに練習したらどうですか?リナリーは手先が器用ですし、すぐに上手くなりますよ」 「そうだね、やってみようかな」 そう言って、リナリーは勢いよく起き上がると、その行動とは間逆にゆっくりと散らばったカードを片し始める。 アレンも手伝おうと手を伸ばし、二人でカードを集めていると沈黙の間に突然リナリーの口が開いた。 「…実際の戦闘でも、強かったらいいのにね」 ぽつりと呟いた彼女の言葉に、アレンは耳を疑った。急に、何を言い出すのか。 「練習したらすぐに上手くなる、か。でも戦闘だと、そんなこと言ってられないよね。 強くなるためには何ヶ月も、何年も鍛えなきゃいけない。カードゲームのようには上手くいかない。 …私は弱いから。みんなに頼ってばかりだから。だから、ちょっと強くなりたいなあ。なんて」 「…」 そう言うリナリーの声はとても寂しそうで、その言葉の一つ一つを紡ぐたびにカタカタと手、肩、足と徐々に震えていった。 ぽたり、と小さな透明な雫が彼女の膝に滴り落ちる。それに気がつくとリナリーは急いで雫を拭うが雫は構わずぽたりぽたりと落ちていく。 「こんなこと、急に言われても…困る、よね。ごめん…ごめんね、アレンくん」 リナリーは流れ落ちてくる雫を誤魔化すように、俯いていた顔を上げて寂しそうに微笑んだ。 だけど、その笑みは、なんだかすぐに、こわれて、しまいそうで、 「リナリー!」 無意識に、アレンは強くリナリーの名前を呼びながら立ち上がっていた。その迫力に、リナリーは思わず目を丸くする。 「アレン、くん?」 「知ってますか、リナリー。人って誰しも弱いんですよ。一人では何も出来ない。一人ひとりが弱くて何も出来ないから仲間がいる。仲間がいるから強くなれる。 僕だってそうです。一人じゃ弱い。何も出来ない。けれど、仲間がいるから何かが出来る。 …一人で強くなろうとしないでください。この世に強い人なんてどこにもいませんよ。一人ひとりが強いんじゃないです。仲間がいるから、強い、強くなれるんです!」 言いたいことをすべて言い終えて、アレンは気の抜けたようにソファーに座り込んだ。リナリーは呆然とアレンを見ている。 それから数秒の沈黙。しかし、その沈黙はリナリーの泣き声によって破られた。 「アレン、くんっ…!」 わああと突然大声を上げて泣きじゃぐったリナリーをアレンはなだめるように慌てて口を開く。 「す、すみませんリナリー!なんかすみません!」 「ううん、ううん、いいの、ごめん、ごめんね…!そうだね、アレンくんの言うとおり、強いひとなんていないんだねっ…。 ありがとう、ありがとうアレンくん。私に、大切なことを教えてくれて ありがとう…!」 「リナリー、もう一回トランプしましょう?」 「え?」 「今度は、ラビや神田も誘って」 「…うん!」 あの言葉、すごくすごく嬉しかったよ
(そんなこと言うのはやっぱり恥ずかしいけど)
リナリー祭−Butterfly's dream−さまへ提出させていただきました。 |