「神田っ!かーんだー!」

ドアを叩く鈍い音が長い廊下に響く。その音には色々な感情が篭っていて、音の粗さによってそのことが判別できた。 とんとん、という小さな可愛らしい音を立てているのはもちろんリナリー。何度もドアを叩き続けて、それでも決して粗く叩こうとしないのは、彼女の思いやりからなのだろう。 だんだん、少し乱暴な音を立てているのはラビ。彼もドアを叩きながらその部屋の主を何度も呼び続ける。その声はどことなく楽しそうで、これから起こることを予測して笑っているようにも聞こえた。 がんがん、どうやったらそんな音が出るのだろう。誰がどう足掻いても絶対に出ないような音を出すのはアレン。彼は憎しみを込めてか、それともただの愛情か。三人の中で誰よりも乱暴で大きな音を立てていた。
とんとん、どんどん、がんがん。三つの音が交じり合って大きな音になる。だけどそんな音にも、中の彼は一向に反応しなくて。

「神田ーいるんでしょー。出てきてくださいよー」

その言葉は最初から最後まで全て棒読みで、気持ちは全く篭っていない。はっきり言って、心も篭っていないのにそんなに乱暴に部屋の戸を叩かれるのは部屋の主にとって迷惑であろう。 そんなことは全く気にもせず、アレンも、そしてラビもリナリーもドアを叩く手を休めない。 神田、神田!音と共に彼を呼ぶ声も大きくなっていって、通りすがりの探索部隊や科学班が不思議そうに、そして少し迷惑そうにこちらを見ている。ご近所迷惑といっても過言ではないだろう。 そんなことに気づいたのか、リナリーが二人に少し声と音を小さくして、と注意をする。ラビは素直に頷いたが、アレンは面白くなさそうな顔でリナリーを見た。 しかし、リナリーが少し怒った顔をしたのでアレンもしぶしぶ同意しようと思った…瞬間、何か良いことを思いついたらしく、アレンはにやりと笑った。
それから、ドアの方に向き直るとすう、と大きく息を吸って、それから思いっきり叫んだ。

「かーんだぁぁぁ!!いるならいるって返事してください馬鹿パッツンがァァァァ!!!」

それまで以上にない、大きな声。恐らく、このフロア全体に聞こえただろう。近くにいた探索部隊たちは一斉に逃げるようにその場から立ち去った。 一方アレンはとても満足げな表情をしていて。そんなアレンを横から見て、リナリーとラビは溜め息をついた。 だけど、その溜め息を掻き消す大きな声が、一つ。

「やっぱりテメェその白髪抜き取ってやろうか馬鹿モヤシッ…!!」

額に青筋を浮かべた神田が、部屋から飛び出してきた。それを見て、アレンはふっと見下したような笑いを浮かべる。

「馬鹿ですねえ冗談ですよそんなの。ぼくがかんだのことわるくいうわけないじゃないですかー」
「テメェ今完璧俺を見下しやがったな。そんなこと言うなら、覚悟できてんだろうな」
「そう言う神田こそ覚悟できてるんですか」
「覚悟なんていらねェよ。」
「ああそうですね神田覚悟できないからそういうこと言うんですねかわいそー」
「んだとこの詐欺師」
「なんですかパッツン」

ビリビリ、二人の間に流れる電気を見て、リナリーとラビは顔を見合わせて再び溜め息をついた。 何故この二人はいつも顔を見合わせると喧嘩をしてしまうのだろう。今日は、彼の――・・・
仲が良い印。二人は無理やりそう思い込んだ。

「だいたい神田は短気すぎるんですよ。僕の言ったこと全てに怒って」
「テメェこそ俺が言ったらすぐに言い返すじゃねェか」
「神田知らないんですか?やられたらやり返すって当たり前のことなんですよ」
「はーいはい!そこまでっ」

このまま永遠に続くんじゃないかと思われるくらいの喧嘩は、呆れたリナリーの制止の声によって終了した。いや、「中断」かもしれないが。 だが、二人はリナリーに制止されながらもお互いを睨み付け合っている。

「もうっ!アレンくん、今日なんで私たちがここに来たか、目的忘れてない?」
「うっ…」

その彼女の言葉を聞いた途端、アレンは急に言葉を詰まらせた。視線を宙に泳がせる。そんなアレンの様子を見てからリナリーは神田の方へ向き直った。

「神田、今日は何の日か知ってる?」

そう言った彼女の表情は、さっきの怒った顔の欠片など一つもなくて、楽しそうににこにことしている。 そして、その隣にいるラビも面白そうににこにこと笑っている。唯一笑っていないのは少し照れくさそうにしているアレンだけ。 一体何事だ、そう思いながら、神田は小さな声で返事をした。

「…知らねェよ、そんなもん」
「あーやっぱり」

そう神田が返事するのは予想付いてたことなのだろう。彼らは分かっていたような返事をした。すると、三人は急に神田から離れてひそひそ話を始める。 そしてすぐに神田の方に向き直ると、ラビがずずいと彼の前に進み出た。

「ユウー逆らわないで一緒にいこうなー」
「は?」
「いこっ神田!」

そう言うと、三人(一人は相変わらず嫌そうに)は無理も言わさず神田を無理やり歩かせる。

「オ、オイッ!?」

そんな神田の言葉も聞かず、三人はずいずいと前に押し続ける。彼らは面白そうに笑っていて、神田はそんな彼らに従うしかなかった。

そうして、しばらく三人に押されるままにされて、前に見えてきたのはアレンの部屋。三人はさも当たり前のようにアレンの部屋の前で立ち止まる。 そして、無理やりドアの前で地面に座らさせられた。神田が三人を睨み付けても三人は笑顔を崩さずにいる。(一人は黒い笑みで)そんなアレンが、ゆっくりとした歩調で神田の前に出てきた。

「神田、問題です」
「は?」
「今日は何月何日でしょう」
「なんで俺がそんなこと答えなきゃいけね…」

言いかけたときリナリーが、ね?と神田に答えを求めてくる。いくら神田でも、小さい頃からの付き合いの幼馴染には逆らえなくて。 そんなことをアレンとラビは分かっているのか、ニヤニヤと神田を見つめながら答えを求めてくる。 そんな彼らに逆らえず、神田は重々しく言った。

「六月、六日だよな…」

そう、神田が小さな声で呟くと、リナリーが目を輝かせてそうそう!と頷きながらこちらの返事を待っている。 問われたのは、月と日付だけ。だから、もう答えることは何もない。そう思いながら神田が無意識に目を逸らすと、リナリーが残念そうに言った。

「んー…やっぱり気づかないか」
「まあこれは予想できてたさぁ。よし、次行くか」

そう言うと、再び三人は無理やり神田を引きずりながら歩き始めた。彼はもう散々だ、と抵抗しようとするがいくら力が強い神田でも相手は三人、しかも力のある男が二人である。 敵うはずもない。神田は抵抗をすぐに諦め、もうどうにでもなれと思いながら溜め息をついた。
今度は何処へ連れて行く気だろう、神田が辺りをきょろきょろと見回すと、何度も連れてかれたあの部屋の近く。やがて、その部屋の前で三人はぴたりと止まった。 神田の想像通り、部屋のドアには[Lavi]と書かれている。再び地面に座らさせられると、その部屋の主、ラビはやはり神田の予想通りに彼の前に出てきた。

「んじゃあユウ、問2。今日は誰かの誕生日です。さて、誕生日でしょー」

言いながら、ラビは嫌味ったらしい笑顔でにこ、と笑った。ふと後ろの二人を見ると、相変わらず楽しそうににこにこと笑っていて。 神田はめんどくさそうに今日何度目かの溜め息をつく。そしてゆっくりと自分の思考回路を巡らせた。誕生日、しばらく考えてから神田は思考回路を止め、三人に目をやった。

「…知らねェな」
「「「ええええええ!?」」」

今度はさっきと違い、彼らは信じられない、というように叫んだ。しばらくそのまま固まっていると、三人は再びこそこそと集まり始めた。 焦ったような神田の声にも耳を貸さず、三人は内緒話を続ける。
数分後、彼らがぱっとこちらに向き直ると、三人は一斉に神田に近寄り、腕などをばっと掴んだ。

「な、何しやがる!」
「あーまさかこんなに神田が馬鹿だとは思いませんでしたよ」
「まあユウらしいけどな」
「神田、次いこっ!」

三人は容赦なく神田を引きずり始めた。だが、今日三度目のこと。神田はもう引きずられるのにも慣れていて、抵抗もせずにされるがままの状態になった。 そうして、引きずられること数分。彼らはまた一つのドアの前で止まった。そして、やはりドアを背中越しに無理やり地面に座らさせられる。
ここまで来ればこの部屋の主は、そこまで思ったとき、そのドアの鍵を持ったリナリーが前に出てきた。

「神田、さっきの問題のヒントをあげるね。今日は誰かの誕生日。さっきそう言ったよね。 その人はね、短気で、意地っ張りで、目つきが悪くて。…だけど、私たちにとって欠かせない、とっても大好きで、大切な人。さて、誰でしょう?」

リナリーの言葉を聞いて、ふと、思考が止まった。無理やりに思考を動かすと出てくるさっきの問題と、今のヒント。 六月六日。誕生日。短気で、意地っ張りで、だけど、私たちにとって、たいせつな、

「…俺…?」



「「「Happy Birthday!」」」



無意識に呟いた言葉。神田がふっと我に帰る前にその言葉は満面の笑みと共に彼らに叫ばれていた。 ふと顔を上げるとリナリーの部屋のドアが開け放たれている。立ち上がって中を見ると、綺麗に整頓された部屋の真ん中に小さなテーブルが置いてあり、その上には小さなフルーツケーキがちょこんと置かれていた。 色とりどりのフルーツで鮮やかなケーキの真ん中を見ると、チョコプレートで『Happy Birthday Kanda!!』と書かれている。

「驚きましたか?」
「このケーキ、三人で作ったんだよー」

そんな声も神田の耳には届かなくて。ボーっとしていると、ラビが慌てたように言った。
「あ、大丈夫さ。ユウが食べれるようにちゃんと甘さ控えめにしといたから!」
「お皿はもう四人分、ジェリーから借りてきてるの。ね、神田。一緒に食べよ?」

そう言ってリナリーは神田の手を引き連れて自身の部屋へと踏み出す。アレンとラビも嬉しそうに彼女の部屋へと足を踏み出した。





Kanda Happy Birthday!








だけど、ケーキよりも何よりも嬉しかったのは 










It's a question!
(死んでもあいつらには言ってやらねェけど)






08,06,29